目に遭っているんだろう。」
母はもう大ぶしおれた花には目もくれずに、僕が虎公に百合の根をやってしまったことを批難した。
僕はこれほど悲しかったことはなかった。涙も出ずに、ただ胸がそくそくと迫って来るような悲しさだ。そして僕はそのわけを母に話すこともできずに、というよりはむしろ、そんな気は少しも起らずに、しおしおとして自分の室に帰った。
これが僕の、もっともそのわけさえ話せば母は自分の過言をあやまって僕をほめてくれたに違いないとは思うものの、母に対するただ一つのしかし大きな悲しみの思い出だ。
けれども僕はやはり母は好きだった。
その夏のある晩に、みんなで座敷で涼んでいた。ふと、次の妹が庭先を見つめながら、
「あれえ」と叫び出した。みんなはびっくりして庭の方を見た。暗い隅の方に何だかぴかぴかと光る大きな目玉のようなものが一つ見えた。子供等はみな「あら」と言ったままおびえてしまった。
母はすぐに立って庭下駄をはいて下りて行った。僕等は黙ってそれを見送っていた。
「さあ、みんなここへお出で。何にも恐いことはありません。お化の正体はこんなものです。」
母は一人ずつそこへ呼んで、そ
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