気で一週間ほどどこかの温泉へ行っていた。その留守のある晩に、僕のすぐの妹と女中とが夜なかにふと目がさめてどうしても眠られずにいる間に、台所の方で例のカタカタコトコトが始まった。二人はものも言わずに慄えていた。が、それと同時に、横井の家の小さな飼犬が盛んに吠え出した。そしてわずか二、三分の間にお化は逃げ出してしまった。
 しかし妹等と隣りの室に寝ていた僕は何にも知らずに眠っていた。そして翌日その話をされた時にも僕は「馬鹿な」と言って笑っていた。が、女中は恐いのと心配なのとで、母に電報を打ってすぐ帰って貰った。母は「お母さんとお兄さんとがいれば大丈夫だ」と言ってみんなを慰めていた。そして実際母は何にも心配しているように見えなかった。
 その後四、五年して、名古屋の幼年学校で山形の太郎と会った時、自分はこの耳でその音を聞いたんだからどうしてもあのお化を信ずると言っていた。山形は僕より二年前に幼年学校にはいっていたのだ。

 お化はまた戦死した軍人の家にも出た。
 ある若い細君が、夜なかにふと自分の名を呼ばれたような気がして、目をあけた。するとその枕もとに、血だらけになった夫が立っていた。
 
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