のお母さんから、「年上のくせに負けて泣く奴があるか」と叱られて、着物を着かえさせられる前に二つ三つ頬をなぐられた。
母は珍らしく大して僕を叱りもせずに、すぐどこかへ出かけて行った。そして、その翌日の朝早く、八軒町裏という町の、小学校のある女の先生の家に引越した。玄関とも入れて三間ばかりの家の六畳の座敷を借りたのだ。先生は一人でその次の室にいた。
「お前が喧嘩なんぞするものだから……」
母はこう言ってちょっと僕をにらみながら、こんどは何か荷物を片づけている女中の方に向いて、
「ほんとうにこの子が少し負けてくれればいいんだがね……」
と眉をしかめて見せながら、それでも
「こんどは相手が先生なんだから……」
と笑っていた。
半月ほどその家にいるうちに、四、五軒先きの小さな家があいて、そこへ引越した。
大きな一廓の中に、三つ建物があって、その一つが二軒長屋になっていた。その一軒に横井というたぶん軍属がいて、もう一軒の方に僕等が住んだのだ。一番大きな建物には石川という少佐の家があった。その家は、ほかの二つの建物とは裏合せになって、特に塀で区劃されて、八軒町という町の方に向いていた。
前へ
次へ
全234ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング