をかぶった二十人ばかりの学生が、てんでに大きなのぼりみたいな旗だの高張提灯だのを引っかついで、わいわい騒いでいる。
 ――「もう遅いぞ。駈足でもしなくっちゃ間に合うまい。」
 ――「ああ、しかしその方がかえっていいや。寒くはあるしそれにこの人数でお一二、お一二で走って行けば、ずいぶん人目にもつくだろう。」
 ――「そうだ。駈足だ! 駈足だ!」
 ――みんなは大きな声で掛声をかけて、元気よく飛んで行った。その時の「Y(谷中)村鉱毒問題大演説会」と筆太に書いたのぼり[#「のぼり」に傍点]の間に、やはり何か書きつけた高張りの赤い火影がゆらめいて行く光景と、みんなの姿が見えなくなってからもまだしばらく聞えて来るお一二、お一二の掛声とは、今でもまだはっきりと僕の記憶に浮んで来る。これがY村という名を初めて僕の頭に刻みつけた出来事であった。そしてそれ以来僕はその頃僕がとっていた唯一の新聞のY新聞(万朝報)に折々報道され評論されるY村事件の記事を多少注意して読むようになった。
 ――Y村問題はすぐに下火になった。今考えて見ると、ちょうどその頃がこの問題について世間が大騒ぎした最後の時であったのだ。し
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