津の妹の顔をいきなり殴りつけて、その頭にさしていた朱塗りの櫛をぬき取って、それをしっかと握ったまま、光子さんの家の方へ駈けていった。光子さんはうまく家の前で遊んでいた。僕は握っていた櫛をそこへほうりつけて、一目散にまた逃げて帰った。
三番目の家は、三の丸という町のつき当りの、小学校のすぐそばであった。学校は改築されてすっかり変っていたが、その家はもう大ぶ打ち傾きながらも三十年前そのままの面影を保っていた。
僕はしばらく門前にたたずんで、玄関のすぐ左の一室の窓を見つめていた。それが僕の室だったのだ。
窓の障子はとり払われていて、その奥の茶の間までも見えた。その茶の間と僕の室との間にも障子があった筈なのだ。そして僕の思い出はこの障子一つに集まった。
何をしたのかは忘れた。が、たぶんマッチで何か悪戯をしていたのだろう。母にうんと叱られて、その口惜しまぎれに、障子に火をつけた。障子は一度にパァと燃えあがった。母は大声をあげて女中を呼んだ。そして二人であわてて障子を押し倒して消してしまった。
この家から道を距てたすぐ前は、尋常四年の時の教室だった。僕はその教室のあったあたりを慄える
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