取りおさえて来ました。」
 軍曹は勝ち誇ったようにして吉田中尉に報告した。中尉は僕等第三期生の受持で、国の出身で、そして僕を可愛がっていた唯一の士官だった。中尉は青くなった。そして軍曹には詳しい報告書を書いて来るようにと言ってその出て行ったあとで僕を訊問し出した。
「煙草なぞ盗ったことはありません。金も勿論のことです。きょうはズボンのボタンが一つなくなったので、今晩じゅうにつけて置こうと思ってそれを取りに行ったのです。」
 僕はあくまで泥棒の事実は否認した。
「そのズボンというのはどのズボンか。」
「今はいているこのズボンです。」
 僕はそう言って、軍曹に引っぱられて来る途中にあらかじめ引きちぎって置いた、ボタンのあとを見せた。
「うん……」
 中尉はこううなずいたまましばらく黙って何か考えていた。金でも煙草でも、とにかく盗んだとあれば、勿論すぐさま退校だ。また、単にボタンを取りにはいったとしても、夜無断ではいるべからざる室へはいったのだから、重営倉は免れない。それに、ただそうとして処分して置いても、下士からの報告の嫌疑は免れない。それでは本人の将来にもかかわる。また自分の責任にもなる
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