方に住んでいて、町の小学校に通っていたところから、石川や大久保とは違ったレファインメントを持っていた。したがってその二人とほんとうに親しむことはできなかった。僕はその山形の中にも多分の野獣性が潜んでいるのを見ていた。しかしその町人らしいレファインさは堪らなくいやだった。彼は多くはその弟を相手に遊んでいた。僕は大がい横井の「黄疸」をいじめて暮していた。栄養不良らしいその黄色な顔から、僕等は彼をそう呼んでいたのだ。横井はその妹の、やはり痩せた黄色い顔をしたのと、さびしそうに遊んでいた。
お互いの母同士の間にも親しい交際はまるでなかった。
その山形の家からお化が出た。
夜なかに、台所で、マッチを磨る音がする。竈の火の燃える音がする。まな板の上で何かを切る音がする。足音がする。戸棚を開ける音がする。茶碗の音がする。話し声がする。そうした騒ぎが一時間も続くのだ。
ある晩、山形の「伯母さん」というのが、便所へ行った帰りに、手を洗おうと思って雨戸を開けた。まんまるい大きい月が庭の松の木の間に引っ懸っているように見えた。庭はその月あかりで昼のように明るかった。伯母さんは手洗鉢の方へ手をやった。鉢の中の水にもまんまるい月が映っていた。が、その水を汲もうとすると、急にバラバラと大粒の雨が降って来た。可笑しいなと思って顔をあげると、雨も何にも降っていないで松の木の間にはやはりまんまるい月があかあかと光っていた。伯母さんは再び手洗鉢の方へ手をやった。すると、急にまた、バラバラと降って来た。伯母さんは恐ろしくなって、そのまま、寝床へ逃げて帰った。
翌晩、伯母さんはまた夜遅く目がさめた。そしてまた便所へ行きかけた。障子をあけた拍子に伯母さんの足もとに、何だか重そうなものがバタンと落ちた音がして、それが向うの方へころころと転がって行った。伯母さんは気味悪がりながら、暗をすかしてその転がって行くのを見ていると、それが真暗な中にはっきりと大きな人の首に見えた。伯母さんはそのままキャッと叫んでそこに倒れてしまった。
それから二日目か三日目の晩に、伯母さんは、こんどは大入道が突っ立っているのを廊下で見た。
山形家は大騒ぎになった。もといた家の近所の、町の若衆が四、五人泊りに来た。みんなは樫の棒を一本ずつ横において夜じゅう飲みあかした。それで二晩三晩はお化が出なかった。が、その若衆連が帰る
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