の慄えが、どうかすると、目をさましてからもまだしばらくの間続くことがあった。
「ほんとにあなたは馬鹿ね。」
と、そんな時にもよく、僕は彼女に笑われた。僕はきっと心《しん》は非常に臆病者なのだ。それとも、僕の心の中には、無知な野蛮人の恐怖が、まだ多分に残っているのだ。
が、そんなにして、話を野蛮人のところまで引きもどす必要はない。僕は今ここで、僕が女の怨霊を見るに至った僕の心理の、科学的説明を試みようとしているのではないのだから。しかし、単にこの怨霊を見たという事実の話をするだけにしても、話は大ぶその以前に遡らなければならない。少なくとも、どうしてその女が僕を刺すに至ったかの、彼女と僕との関係の過去に遡らなければならない。
(僕は今、先きに数回本誌[#「本誌」は「改造」])に連載した自叙伝の続きとして、そのあとを数回飛ばしてこの一節を書きつつあるのであるが、その飛ばした数回ことにこの一節の前回については、何をどう書こうかという腹案がまだちっともできていないのだ。ただ、しばらく怠けていたあとの筆ならしに、すぐ書けそうに思われたこの題目を選んで書き出して見ただけのことなのだ。したがって、ここまで書いて来て、さてどこまで遡って話したらよかろうかとなると、まるで見当がつかない。仕方がない、やむを得ずんばそもそもの始めからでも書こうかということにまあきめたのだが、それにしても話の順序としては大ぶ困ることが多いようだ。が、とにかくまあ書いて行こう。)
二
そのよほど以前から、僕は日蔭のその室を僕の仕事部屋にしていた。文債がたまると、というよりもむしろそれをいい口実にして、よく一週間か二週間そこへ出かけて行っては遊んでいた。実は、今はもうその名も忘れてしまったが、よく僕の面倒を見てくれた女中も一人いたのだ。
その女中は、もう一年ほど前に、嫁に行っていなかった。が、お寺か田舎の旧家の座敷のような、広い十畳に、幅一間ほどの古風な大きな障子の立っている、山のすぐ下のその室一つだけでも、まだ僕を引きつけるには十分だった。
長い間いろいろと苦心していた雑誌の保証金が、ようやく手にはいった。その金がどうして手にはいり、またそれまでそれを得るためにどんなに苦しんだかについても、またあとで話しする機会があろうと思うが、とにかく当時の僕には、新しい小さな雑誌を一つ創めるということ
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