て坐った。議論は宗教問題らしかった。年とった方はあぐらをかいて、片肱を膝に立てて顎をなでながら、しきりに相手の青年をひやかしながら無神論らしい口吻をもらしていた。青年の方はきちんと坐って、両手を膝に置いて肩を怒らしながら、真赤になって途方もないようなオーソドクスの議論に、文字通りに泡を飛ばしていた。そしてその間に、ちょいちょいと、もう一人の年とったのが、それが堺であることは初めから知っていた、先きの男ほど突っこんでではないがやはりその青年を相手に口を入れていた。
 僕はその青年の口をついて出る雄弁には驚いたが、しかしまたその議論のあまりなオーソドクスさにも驚いた。僕も彼とは同じクリスチャンだった。が、僕は全然奇蹟を信じないのに反して、彼はほとんどそれをバイブルの文句通りに信じていた。僕は自分の中にあるものと信じていたのに反して、彼は万物の上にあってそれを支配するものと信じていた。僕はこんな男がどうして社会主義に来たんだろうとさえ思った。そして無神論者らしい年とった男の冷笑の方にむしろ同感した。
 この年とった男というのは久津見蕨村で、青年というのは山口孤剣だった。
 やがて二十名ばかりの人が集まった。そしてたぶん堺だったろうと思うが、「きょうは雪も降るし、大ぶ新顔が多いようだから、講演はよして、一つしんみりとみんなの身上話やどうして社会主義にはいったかというようなことをお互いに話ししよう」と言い出した。みんなが順々に立って何か話した。ある男は、「私は資本家の子で、日清戦争の時大倉が罐詰の中へ石を入れたということが評判になっているがあれは実は私のところの罐詰なんです、もっともそれは私のところでやったんではなくて、大倉の方である策略からやったらしいんではあるが」と言った。
「それじゃ、やはり大倉の罐詰じゃないか。どうもそれや、君のところでやったというよりは大倉がやったという方が面白いから、やはり大倉の方にして置こうじゃないか。」
 こう言ったのもやはり堺だったろうと思うが、みんなも「そうだ、そうだ大倉の方がいい」と賛成して大笑いになった。その資本家の子というのは、今の金鵄ミルクの主人辺見なんとかいうのだった。
 もうほとんど最後近い頃に僕の番が来て、僕も、「軍人の家に生れ、軍人の間に育ち、軍人の学校に教えられて、軍人生活の虚偽と愚劣とをもっとも深く感じているところから、
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