快を一人で楽しむことはできなかった。そして友人にはみな、強いるようにして、その一読をすすめた。自然科学に対する僕の興味は、この本で初めて目覚めさせられた。そして同時にまた、すべてのものは変化するというこの進化論は、まだ僕の心の中に大きな権威として残っていたいろんな社会制度の改変を叫ぶ、社会主義の主張の中へ非常にはいりやすくさせた。
「何でも変らないものはないのだ。旧いものは倒れて新しいものが起るのだ。今威張っているものが何だ。すぐにそれは墓場の中へ葬られてしまうものじゃないか。」
しかし、僕にはまだ、何かの物足りなさがあった。母が死んだ、というようなこともほとんど忘れたようにはしていたが、次意識の中ではよほどさびしかったに違いない。また、礼ちゃんのことはやはり同じように忘れたようにはしていたが、幾年も続けて来た同性のいわゆる恋をまったく棄てた僕は、その方面でもよほどさびしかったに違いない。友人といえば、さっき言った幼年学校の落武者連だけだったが、それもただ同じ境遇から互いに励み合ったというほどのことで、本当に打解け合った親しい間柄ではなかった。
たぶんそんな餓えを充たすのだったろう。僕はよく飯倉の親戚の家へ出かけた。従兄の山田良之助(今陸軍の少将で憲兵司令官をやっている)の細君の家だ。山田は当時陸軍大学校の学生で、この飯倉の邸内の小さな家に住んでいた。僕はそれらの人のしんみ[#「しんみ」に傍点]な親しみの中にもひたりたかった。その邸のかなり贅沢な適位な生活の中にもひたりたかった。そしてまた、そこのいろんな綺麗な女の人達の笑い顔も見たかった。しかし、その人達はみな、男も女も綺麗ではあったが、その顔も心も冷たかった。ことに、僕が幼年学校を逐いだされてからは、なおさらそうのような気がした。僕よりも二つ三つ年下の何とかさんという娘なぞは、僕の幼年学校時代にはずいぶんよく一緒に遊びもしふざけもして、僕は心中ひそかに「僕が任官したら」という望みをすら持っていたんだったが、もう大ぶ娘らしくなってツンと済ましていた。
そんな寂しさがきっと主になって、そしてそのほかにもまだ、新しい進歩思想を求める要求なぞが手伝って、順天中学校を終る少し前から僕はあちこちの教会へ行き始めた。そして下宿から一番近い、またそのお説教の一番気にいった、海老名弾正の本郷会堂で踏みとどまった。
海老名
前へ
次へ
全117ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング