室で出遭った。そして彼から、新発田での旧友で同時に幼年学校へはいった谷という男ともう一人とが、やはり彼と一緒に退学させられたことを知った。四人はすぐ友達になった。ほかにもまだ、やはり同時頃に同じような理由で大阪の幼年学校を退学させられた、島田というのともう一人と、どこかで落ち合って、これもすぐ友達になった。みんな、名古屋、仙台、大阪と所は違うが、同じ幼年学校の同期生だったのだ。
 みんなはその名誉恢復のためというので、互いに戒めて勉強を誓った。そしてその年の九月十月にはみんなどこかの中学校の五年にはいった。
 その中でも登坂と僕とは、最初に出遭った関係からか、またお互いに文学好きで露伴と紅葉との優劣を論じ合ったりしていたせいか、一番近しくなった。ことに一緒に順天中学へはいるとすぐ、本郷の壱岐坂下に一室をかりてそこに一緒に住んだ。
 二人とも、学校の方もよく勉強したが、小説もずいぶんよく読んだ。坂上にちょっとした、貸本屋があった。そこから借りて来るのだが、しばらくの間にその、貸本屋の本をほとんどみな読んでしまった。
 後には島田もこの下宿に仲間入りした。島田は撃剣が御自慢で、真黒な顔をして巌丈なからだの男で、いつも僕等が小説なぞを読むのを苦々しそうにしていた。そこで、登坂と僕とが一策を案じて、そのいやがるのを無理押しつけに、『不如帰』を借りて来て読ました。先生、最初の間はむずかしそうな顔をしてページをめくっていたが、だんだん眉の間の皺をのばして来た、とうとうしまいにはそのさざえ[#「さざえ」に傍点]のような握拳でほろほろと落ちる涙をぬぐいはじめた。「それ見ろ」というので、その後二人は島田の喜びそうなものを選んでは読ましていたが、島田は浪六の『五人男』がすっかりお気に召して、「俺は黒田だ、大杉貴様は倉なんとかだ」というようなことを言って一人で喜んでいた。
 浪六物や弦斎物はとうの昔に卒業して、紅葉、露伴のものまでももう物足りなくなっていた僕等は、島田のそんな話には相手にならなかった。しかし僕は、その「倉なんとかだ」と言われたのが、内心はよほどの不平だった。
「なるほど、僕は倉なんとかのように、一面にはごく謹厳着実に済ましている。しかし、それだけ他のもう一面には、黒田のような豪放がひそかに燃えているんだ。貴様なんかのえせ[#「えせ」に傍点]豪放が何のあてになるもんか。」

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