た。そしてそれの中学校の上級にはいるためのいろんな予備学校のあることが分った。中学校の五年の試験を受けるには僕の学力はまだ少し足りなかった。で、僕はまずすぐに上京して、どこかの予備学校にはいって、そして四月の新学年にどこか都合のいい中学校の試験を受けようと思った。
うちへ帰って二、三日の間に、これだけのことはすっかりきまった。あとはもう、時機を見て、それを父に話すだけのことだ。
僕はその時機がただちに来るだろうことも、また父がきっとそれを承知するだろうことも、楽観して、黙ってその時の来るのを待っていた。そして終日、離れの一室に籠って、近い将来の東京での自由な生活を夢みながら、自分の好ききらいには構わずに、一人で一生懸命いろんな学課の勉強をしていた。
が、その間にも、このごく平静な気持を乱すたった一つのことがあった。それは、母家の方がいつもよりはよほど客の出はいりが多くて、そして妙ににぎやかにざわついていることだった。母は、できるだけ僕の気にさわらないように自分にもまたみんなにも勤めさせて、僕にはごくやさしくしてくれながらもできるだけ口数は少なくしているくらいだのに、その顔には憂いの暗い色よりもむしろ喜びの明るい色の方が勝っていた。そしてそのお客とはしゃぎ騒ぐ声がよく離れにまで聞えた。僕はうちに何かあるんだなと思った。そして、ふと、ある日、母とお客との話の間に「礼ちゃん」という言葉を聞きとめた。
「礼ちゃんがうちからどこかへお嫁へ行くんじゃあるまいか。」
僕はすぐそう直覚した。そういえば、いろいろ思いあたることもある。汽車で柏崎を通過した時、見覚えのある丈の高い頬から顎に長い鬚をのばした礼ちゃんのお父さんが軍服姿で立っていた。
「どうした。一緒に連れて来なかったのか。」
「うん。ちょっと都合があるんで、少しのばして、親子一緒にやることにした。」
父と礼ちゃんのお父さんとの間にそんな会話が交わされた。僕は何のこととも分らない、この親子一緒というのにちょっと心を動かされながら、父の大きな黒いマントで白い病衣のからだを包んで、黙って礼ちゃんのお父さんを盗み見していた。名古屋からどこへも寄らずに、こうして汽車の中を父と二人で黙って通して来た僕には、この会話が多少気になりながらも、発車したあとでそれを父に問いただすことはできなかった。
それから、いよいようちに着い
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