呼び出した。彼は来るとすぐナイフを出した。味方の四、五名は後しざりした。僕がナイフを出そうかと思って、いったんポケットに手を入れたが、思い返して素手のまま向って行った。僕の研いだばかりのナイフを出せば、きっと彼を殺してしまうだろうと思ったのだ。
僕はナイフを振り上げて来る彼の腕をつかまえて、彼を前に倒した。彼は倒れながら、下からめった打ちに僕を刺した。
僕は全身が急に冷たくなったのと、左の手が動かなくなったのとで、格闘をやめて起ちあがった。彼も起きて来て、びっくりした顔をして目を見はった。そこへ八、九人の敵味方が来た。そしてみんな、びっくりした目を見はって僕を見つめた。僕はからだじゅう真赤に血に染って立っていたのだ。
「これから医務室へ行こう。」
僕はそう言って先きに立って行った。医務室には年とった看護人が一人いた。みんなで僕を裸にして傷をあらためた。頭に一つ、左の肩に一つ、左の腕に一つ、都合三つだが、どれもこれも浅くはないようだった。
「どうだ君が内しょで療治はできないか。」
僕は看護人に聞いた。
「とても駄目です。大変な傷です。」
看護人はとんでもないことをというように顔をあげて答えた。
「それじゃ仕方がない。すぐ軍医を呼んでくれ。」
僕はそこへ横になりながら言った。そして彼の名を呼んだ。
「仕方がない。二人でいっさいを負おう。」
僕は彼のうなずくのを見て、そのまま眠ってしまった。
二週間ばかりして、僕がようやく立ちあがるようになった時、父が来た。
父は最近の僕の行状を聞いて、「そんなに不埓な奴は私の方で学校に置けません」と言って、即座に退校届を出して僕を連れて帰った。
が、帰ってしばらくすると、「願の趣さし許さず、退校を命ず」という電報が来た。
彼も同時に退校を命ぜられた。
新発田にはもう雪が降り出した十一月の末だった。
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自叙伝(五)
一
父に連れて帰られた僕は、病気で面会謝絶ということにして、毎日つい近所の衛戍病院に通うほかは、もと僕の室にしていた離れの一室に引籠っていた。
この面会謝絶ということは僕自身から言いだしたのだが、父と母とはそれをごく広い意味に採用してしまった。離れには八畳と六畳とあって、奥の方の八畳は父の室になっていたのに、父はまるでその室にはいって来なかった。母も僕の室に来ることはめった
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