事をしていると、何だか黒いものが天井から落ちて来る。見ると蝿だ。老の身をようように天井の梁裏に支えていたが、ついに手足が利かなくなって、この始末になったのだ。落ちて来たまま仰向きになって、羽ばたきもできずに、ただわずかに手足を慄わしている。指先でそっとつまんで日向の暖かいところへ出してやると、二分してようやく歩き出すようになるが、ついに飛ぶことはできない。よろばいながら壁を昇っては落ち、昇っては落ちしている。
これは十二月から一月にかけて毎日のように見る悲劇だ。毎朝の室の掃除には必ず二、三疋の屍骸を掃き出す。
横田が茅ヶ崎あたりにゴロゴロしていたのも、また金子※[#始め二重括弧、1−2−54]喜一君※[#終わり二重括弧、1−2−55]がわざわざ日本まで帰って箱根あたりをぶらついていたのも、要するにこの日向へつまみ出して貰っていたのだなどと思う。若宮もとうとうこの日向ぼっこ連にはいったのか。十年の苦学をついに何等なすことなくして、肺病の魔の手にささげてしまうのか。こんど出たら彼の指導の下におおいにソシオロジイの研究をしようと思っていたが、あるいはその時にはもうこの良師友に接することも
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