ワだろくに監獄っ気の抜けない中に来たのだから、万事に馴れていてはなはだ好都合だ。ただ寒いのには閉口するが、これとても火の気がないというだけで、着物は十分に着ているのだから巣鴨の同志のことを思えばそう弱音もはけない訳さ。窓外の梅の花はもう二、三分ほど綻びて居る。寒いと言ってもここ少しの辛棒だ。
今クロポトキンの『謀反人の言葉』という本を読んでいる。クロがフランスのクレボーの獄にはいって二年半あまりを経て、その同志にして親友なるエリゼ・ルクリュが「クレボーの囚人はその監房の奥からその友人と語るの自由を持たない。しかし少なくとも彼の友人は、彼を思出し、また彼のかつて物語った言葉を集めることはできる。そしてまた、これは彼の友人の義務である。」と言って、クロが一八七九年から一八八二年の間、無政府主義新聞『謀反人』に載せた論文を蒐集したものである。『パンの略取』は理想の社会を想望したものとして、『謀反人の言葉』は現実の社会を批評したるものとして、ともにクロの名著として並び称せらるるものだ。
クロはいわゆる「科学的」社会主義の祖述者のごとくに、ことさらに、むずかしい文字と文章とを用いて、そして何
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