って、毎日のように待っていたけれど、まだ何とも音沙汰がない。堺も山川も同じことだ。あるいは予審の決定を待っているのじゃないかと思う。察するに、今夜あたり決定書が来て、そして明日早朝、赤い着物になるのかも知れぬ。
 保釈の金は戻ったことと思う。その処分については、なお会ってよく話そう。お為さんも困っているだろう。あすこからの借金だけは、ともかくも返して置くがいい。お為さんがうちのあとへ来て、そして足下が二階へ行ったのだそうだね。
 守田は『二六』をやめられたそうじゃないか。大恐慌だろう。細君はどうだ。秋水も土佐を出たとか、東京へ着いたとかいう話だが、どうしたか。いつか常太郎君から差入れがあったが、帰って来ているのか。宮永はどうしている。南の魚屋はどうした。諸君によろしく。
 大森へ旗の縫賃を払ってくれ。いくらとも決めてはなかったのだが、いいように払って置いてくれ。何だか裁判所へ証人として呼び出されたような様子だが、もしそうだったらわびをして置いてくれ。
 エスペラントの夏季講習会はどうしたろう。
 電車の刑を執行されても、巣鴨へ行くようなことはない。みんな済ましてから行くのだろう。
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千葉から

   *
 堀保子宛・明治四十一年九月二十五日
 この監獄はさすが千葉町民の誇りとするだけあって、実に立派な建築だ。僕等のいる室はちょうど四畳半敷ぐらいの分房で、なかなか小ざっぱりしたものだ。巣鴨に較べて窓の大きくてそして下にあるのと、扉の鉄板でないのとがはなはだありがたい。七人のものはあるいは相隣りしあるいは相向いあっている。
 来てから三、四日して仕事をあてがわれた。何というものか知らんが、下駄の緒の芯にはいる麻縄をよるのだ。百足二銭四厘という大枚の工賃で、百日たつとその十分の二を貰えるのだそうだ。今のところ一日七、八十足しかできない。
 先日の面会の時、前へオイとか左向けオイとかいう大きな声の号令を聞きやしなかったか。あれがこの監獄の運動だ。僕等は七人だけ一緒になって毎日あれをやっている。堺がまさに半白ならんとするその大頭をふり立てて、先頭になって、一二、一二と歩調をとって行くさまは、それやずいぶん見ものだ。
 兄キに叱られたというが、何を言われたのか。浜の人には会ったか。谷君の方はまだ決まらぬか。話の都合によってはいずれにしても宜かろうが、茅ヶ崎に一人いるというようなことはとてもできまい。ともかくも決定する前に詳しく手紙で書いて寄越して、そして面会に来い。
 鹿住から何とか返事があったか。あるいは静岡の方からそんなところへ寄らなくともいいとか何とか言われていやしないか。僕からは来月あたり手紙を出そうと思う。五〇〇も請求しようと思うが、多いとかえってむずかしいからあるいは三〇〇ぐらいにして置こうか。そしてその中一〇〇ばかり本を買おうと思う。その前に僕の『万物の同根一族』を送って置いてくれ。
 パリから書物が来たら、著者の名と書名とおよび紙数とを知らしてくれ。ドイツ語の本はできるだけ早く送ってくれ。スケッチ外数冊郵送の手続きをした。その中の La Morale という[#「という」は底本では「というう」]のは兵馬に返してくれ。カスリの単衣は宅下げすることができんそうだ。
 千葉あたりに住みたいなどとそんな我儘を言うものでない。病気はいかが。猫のはがきは着いた。その他、足下のはみな見せられたようだ。他の同志からのはまだ一通も見ない。山川へエスペラントの本を送ったか。そのほかこうしてくれ、ああしてくれというたことは一々何とか返事を寄越してくれ。
 次のことを秋水に知らせてくれ。悟君の事件の本人には、堺、森岡、僕の三人の名をもって絶縁を宣告する。また、同志諸君にも爾来彼を同志視せざらんことを要求する。山川にもこの旨知らしてくれ。
 同志諸君によろしく。
   *
 大杉東宛・明治四十一年十一月十一日
 いつもながら御無沙汰ばかりしていてまことに相済みません。
 先きの電車事件が有罪となり、また新たに官吏抗拒事件というのが起って、目下私の在監中なのはすでに新聞紙や何かで御承知のことと思います。したがって定めて御心をなやましておいでのこととひそかにはなはだ恐縮しています。この上さらに御心配をかけるのもはなはだ相済みませんが、この際私に是非お願いしたい二つのことがあります。
 その一は私の廃嫡のことです。父上の方でも私のようなものに父上の家を継がせるのは定めて不本意のことでしょう。また私の方でも、私の兄弟あるいは親戚たることによって、それらの人の身の上に何等かの禍いのあるようなことが起っては、私としてはなはだ相済まざる次第です。したがって、なるべく私の身を父上の一家より遠ざけて置くのが、それらの人に対する私の義務かと思います。幸
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