出る意があるなら勿論出て貰いたい。また、あくまで止るという母の言も文字そのままに受取ることはできぬ。母としては面目上必ずそう言わねばならぬ位置にある。そこで足下は女同士でもあり、互いに話もしいいと思う、よく母と打ちあけて談合して見るがいい。したがって、案は、母が出るものとしてのそれと、止るものとしてのそれと二つになる。
 次に起るのは財産の問題だ。財産と言ってまず目星しきものは昨日話した通りだ。
 もし母が出るとすれば、あの中の保険金は母の持参金としてもどさねばならぬ。その上、母の将来の生活の幾分かの保証として、多少これに附加するところなければならぬ。それは年金の中三百円乃至五百円ぐらいでよかろうと思う。そのかわり、今母の名義になっている地所は置いて行って貰いたい。家と土地と持主が違ってはいろいろ不便でもあり、また母の持参金を返すとすれば、自然その地所を母の名とする理由も消えるわけだ。されば母の方から言えば、その地所をこの手切れとも言うべき三百円乃至五百円で売るということになるだろう。
 僕はその土地の広さは知らぬが、高の知れたものと思う。しかし、もし今訴訟になっている金が取れるようなら、五百円ぐらいは出して当然かと思う。年金の外、この十二月には父の恩給の半年分が下ると思う。他は足下が行ってよく調べて貰いたい。
 その次は子供の問題だ。母が出るとしても、体裁上今すぐというわけにも行くまい。僕は子供の都合上、来年三月の下旬あるいは四月上旬をもってその期としたい。その時はちょうど学年の終りあるいは始めの時だ。そして、子供はみな東京に集めて、足下にその世話を頼みたい。またもし母が止るとしても、三保の家は引上げて、東京で僕の家の近所に住んで貰いたい。したがってあの家および土地は売払わねばならぬ。
 その後は子供の教育だが、僕はできるならすべてのものに高等教育を施したい。伸も今のままで置くことはできぬ。どこかその希望する専門学校に遣るか、あるいは今切に望んでいる米国行きを実行さすか、いずれかにしたい。勇も今の学校を終ってすぐ社会に出すことはできぬ。さらに高等教育を施したい。松枝はともかくも女学校を終らせて嫁にやらねばならぬ。僕はこの三人の費用のために鉄工場の金および家と土地を売払った金の全部をもって当てたい。
 進も今のような時代遅れのことはさせて置きたくない。それと他の幼妹
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