なを見た。ちょうど僕の室は湯へ行く入口のすぐそばで、その入口から湯殿まで行く十数間のそと廊下をすぐ眼の前へ控えていた。で、すき[#「すき」に傍点]さえあれば窓からその廊下を注意していた。みんな深いあみ笠をかぶっているのだが、知っているものは風恰好でも知れるし、知らないものでもその警戒の特に厳重なのでそれと察しがつく。
ある日幸徳の通るのを見た。
「おい秋水! 秋水!」
と二、三度声をかけて見たが、そう大きな声を出す訳にも行かず(何という馬鹿な遠慮をしたものだろうと今では後悔している)、それに幸徳は少々つんぼなので、知らん顔をして行ってしまった。
とうとう満期の日が来た。意外なのを喜ぶ看守等に送られて、東京監獄の門を出た。そとでは六、七人の仲間が待っていた。みんな手を握り合った。
出獄して唖になる[#「出獄して唖になる」はゴシック体]
僕は出た日一日は盛んに獄中のことなどのお饒舌をしたが、翌日からまるで唖のようになってほとんど口がきけない。二年余りの間ほとんど無言の行をしたせいか、出獄して不意に生活の変った刺激のせいか、とにかくもとからの吃りが急にひどくなって、吃りとも言えない
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