なかなかうまく行かない。時々口をあて合ったり耳をあて合ったりすることがある。どうしたのかと思って、耳をはずしてのぞいて見ると、向うでも耳をあてて待っている。ちょっと議論めいたことになると、お互いに「こんどは俺がしゃべるんだからお前は聞け」と言い合って、小さな穴を通して唾を飛ばし合う。時とすると「しばらくそこで見ておれ」と言って、室の真ん中へ行って踊って見せたりする。
 こんなことをしてふざけながらも、石川は二千枚近い『西洋社会運動史』を書いていた。これは後に出版されて発売禁止になった。堺と僕とは当時堺の編集で『平民科学』という題で出していた叢書を翻訳していた。山川もやはりそれをやっていた。
 そしてちょうどこの翻訳が一冊ずつできあがった頃に堺と山川と僕とは満期になった。
「可哀想だがちょうど鬼界ケ島の俊寛という格好だな。しかしもう少しだ。辛抱しろ。」
 堺と僕とは石川にこう言いながら、
「おい、俊寛、左様なら。」
 とからかってその建物を出た。

   千葉の巻

 うんと鰯が食えるぜ[#「うんと鰯が食えるぜ」はゴシック体]
 が、また半年も経つか経たぬ間に、こんどは例の赤旗事件で官吏
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