のだった。
 強盗殺人君はよく北海道から逃亡した時の話をした。一カ月ばかり山奥にかくれて、手当り次第に木の芽だの根だのを食っていたのだそうだが、
「何だって食えないものはないよ、君。」
 と入監以来どうしても剃刀を当てさせないで生えるがままに生えさせている粗髯を撫でながら、小さな目をくるくるさせていた。
 そして、
「どうせ、いつ首を絞められるんだか分らないんだから……。」
 と言って、できるだけ我が儘を言って、少しでもそれが容れられないと荒れ狂うようにして乱暴した。湯もみなよりは長くはいった。運動も長くやった。お蔭様で僕等の組のものはいろいろと助かった。この男の前では、どんな鬼看守でも、急に仏様になった。看守が何か手荒らなことを囚人や被告人に言うかするかすれば、この男は仁王立ちになって、ほかの看守がなだめに来るまで怒鳴りつづけ暴ばれつづけた。その代り少しうまくおだてあげられると、猫のようにおとなしくなって、子供のように甘えていた。
 ある時なぞは、窓のそとを通る女看守が、その連れて来た女の被告人か拘留囚かがちょっと編笠をあげて男どものいる窓の方を見たとか言って、うしろから突きとばすよ
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