た独りでうなずいた。
「違いますよ、旦那、まったく初めてなんですよ。」
その男はやはりしきりともみ手をしながら腰をかがめていた。
「なあに、白っぱくれても駄目だ。それからその間に一度巣鴨にいたことがあるな。」
老看守はその男の言うことなぞは碌に聞かずに、自分の言うだけのことを続けて行く。その男も、もうもみ手はよして、図星を指されたかのように黙っていた。
「それからもう一度どこかへはいったな。」
「へえ。」
とうとうその男は恐れ入ってしまった。
「どこだ?」
「千葉でございます。」
窃盗か何かでつかまって、警察、警視庁、検事局と、いずれも初犯で通して来たその男は、とうとうこれで前科四犯ときまってしまった。そして、
「実際あの旦那にかかっちゃ、とても遣りきれませんよ。」
と、さっきから不思議そうにこの問答を聞いていた僕にささやいて言った。
僕の前科[#「僕の前科」はゴシック体]
本年の三月に僕がちょっと東京監獄へはいった時にも、やはりこの老看守は、その十二年前のやはり三月に僕が初めて見た時と同じように、まだこの前科割りを続けていた。
「やあ、また来たな、こんどは何だ、大分しば
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