では足りない。少なくとももう半年は欲しい。
 こうなると、今までずいぶん長いと思っていた二カ年半が急に物足りなくなって、どうかしてもう半年増やして貰えないものかなあ、などと本気で考えるようになる。
 仕事はある。しかしそれは馴れさえすれば何とでもなる。一日幾百足という規定ではあるが、その半分か、四分の一か、あるいはもっと少なくなってもいい。何と言われてもこれ以上はできませんと頑張ればいい。みんなで相談してひそかにある程度にきめればさらに妙だ。現にこの相談はほとんど最初から、自然にできあがっている。とにかく、できるだけ仕事の時間を盗んで、勉強することだ。
 こうきめて以来は滅茶苦茶に本を読んだ。仕事の方は馴れるに従ってますます早くやれるようになる。それに、下等の南京麻ではない上等の日本麻をやらしてくれる。いよいよますます仕事はしやすい。しかし仕事の分量は最初から少しも増やさない。ただもう看守のすきを窺っては本を読む。
 かくして僕は、かつて貪るようにして掻き集めた主義の知識をほとんどまったく投げ棄てて、自分の頭の最初からの改造を企てた。
 鱈腹食う夢を見て下痢をする[#「鱈腹食う夢を見て下痢をする」はゴシック体]
 一方に学究心が盛んになるとともに、僕は僕の食欲の昂進、というよりもむしろ食いっ気のあまりにさもしい意地きたなさに驚かされた。
 最初の東京監獄の時は弁当の差入れがあるのだから別としても、その次の巣鴨の時にも、二度目の巣鴨の時にも、刑期の短かかったせいかそれほどでもなかったが、こんどは自分ながら呆れるほどにそれがひどくなった。好き嫌いのずいぶんはげしかったのが、何でも口に入れるようになったのは結構だとしても、以前には必ず半分か三分の一か残ったあのまずかった四分六の飯を本当に文字通り一粒も残さずに平らげてしまう。おはち[#「おはち」に傍点]の隅にくっついているのも、おしゃも[#「おしゃも」に傍点]にくっついているのも、落ちこぼれたのさえも、一々丁寧にほじくり取り、撫で取り、拾い取る。ちゃんと型に入れて、一食何合何勺ときまっている飯の塊を、きょうのは大きいとか小さいとか言ってひそかに喜びまたは呟く。看守が汁をよそってくれるのに、ひしゃく[#「ひしゃく」に傍点]を桶の底にガタガタあてるかどうかを、耳をそばだて眼を円くして注意する。底にあてれば、はいる実が多いのだ。
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