その後また何かの機会に減刑また減刑されて、ついに放免になったのだそうだ。一刻者は最初からの、しかも正直者というほどの意味であったらしいが、入獄以来その一刻から出た犯罪を後悔するとともに、その一刻をただ獄則厳守のことにのみ集中させて、ますます妙な一刻者になったのらしい。
びっこの少年[#「びっこの少年」はゴシック体]
隣りの室には十人ばかり片輪者が同居していた。その中に、七十幾つかの老人と、森の中にでもいればどうしてもチンパンジイとしか思えないような顔つきの若い大男と、尻が妙に出っぱってびっこ[#「びっこ」に傍点]をひいて歩く少年とがいた。チンパンジイは盲というほどでもないが両眼ともよく見えなかったらしい。高い眉の下にひどく窪んだ細い眼をいつもしょぼしょぼさせていた。この男は僕がいる間に一度ちょっと出てまたすぐはいって来た。みんなほんのこそこそ盗棒らしかった。
この少年はひょうきん者で、一日みんなを笑わせては騒いでいた。誰かがブッと屁を放る。するとこの少年は、「うん、うん、よしよし」なぞと、赤ん坊でもなだめすかすようなことを言う。一日に幾度とちょっとは数え切れないほどみんなはよく屁をひった。そしてそのたんびにこの少年はこんなことを言ってはみんなを笑わしていた。隣りで聞いている僕も時々吹き出した。
仕事がいやになるとみんなはよく便所へはいって一と休みした。
「いつまで便所にはいってるんだ。」
時々は看守も二、三度廻って来てまだ同じ人間が便所にしゃがんでいるので小言を言う。すると少年は「どうも難産で」と言いながら「うん、うん」と唸って見せる。みんなはどっと笑う。看守も仕方なしに「いい加減にして出ろ」と言い棄てて行ってしまう。
この隣りの笑い声で、どれほど僕は、長い日の無聊を慰められたか知れない。
獄中からの手紙[#「獄中からの手紙」はゴシック体]
僕の生活は、毎朝起きるとまずこの広い室のふき掃除をして、あとは一日机に向って読み書き考えてさえいればいいのだった。
本は辞書の外五、六冊ずつ手許に置くことができた。そしてそれを毎週一回新しいのと代えて貰うことができた。ペンとインクとノートとは特別に差入れを許された。
その頃の生活を当時の気持そのままに見るために、獄中から出した手紙の二、三を次に採録して見る。いずれも最初の時のものだ。
「暑くなったね。それでも
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