静まった彼は、こんどはいつものように「君」と呼びかけて、偽造君におとなしく詰問した。
「いや、実際僕はちっとも悪い気もせず、また悪いとも思っちゃいない。まるで当り前のようにして今までそうやって来たんだ。それに僕の女房はいつでも一番たくさん儲けさしてくれたんだ。」
偽造君はまだ蒼い顔をして、おずおずしながら、しかし正直に白状した。品はいいがしかしどこか助平らしい、いつも十六、七の女を妾にしているという詐欺老人は「アハハハ」と大きな口を開いて嬉しそうに笑った。殺人君は呆れた奴等だなというように憤然とした顔はしながら、それでもやはりしまいには詐欺老人と一緒になってにこにこ笑っていた。
偽造君と詐欺老人とは仲善く一緒に歩いていた。二人は「花」の賭け金の額を自慢し合ったり、自分の犯罪のうまく行った時の儲け話などをしていた。偽造君は前にロシア紙幣の偽造をして、ずいぶん大儲けをしたことがあるんだそうだ。詐欺老人のは大抵印紙の消印を消して売るのらしかった。そして老人は、
「こんど出たら君がやったような写真で偽造をして見ようか。」
と言いながら、しきりに偽造君に、写真でやる詳しい方法の説明を聞いていた。
僕は折々差入れの卵やパンを殺人君に分けてやって、その無邪気な気焔を聞くのを楽しみにしていた。
殺人君は宣告後三年か四年か無事でいて、たぶん証拠不十分でなかったのだろうと思うが、その後また死一等を減ぜられて北海道へやられたそうだ。
巣鴨の巻
ちょいと眼鏡の旦那[#「ちょいと眼鏡の旦那」はゴシック体]
巣鴨行きと言えば、世間では、電車は別として多少気の触れた人間のことを指すが、僕等の間では監獄行きのことになる、だがこの僕等という奴等は世間からはずいぶん気違い扱いされているのだから、どっちにしても要するに同じことになるのだろうが。
この巣鴨へは都合三度行った。と言っても実は二度で、最初の新聞紙条令違犯で食っているうちに、二度目の新聞紙条令違犯がきまって、前のが満期になるとすぐ引続いてあとのを勤めた。次が治安警察法違犯。
たぶん鍛冶橋のだろうと思うが、古いいわゆる牢屋が打ち壊されて、石と煉瓦との新しい監獄がここにできた時、その古い牢屋の古木で古い牢屋そのままの建物が一つここの一隅に建てられた、という話だ。そしてこの建物は、めくら[#「めくら」に傍点]だとかびっこ
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