つた。滅多にはない機会だ。是非出て見たい。しかし呼ぶにしても余りに突然な呼びかただ。それに、二週間ばかり前から疑似赤痢とも云ふやうな病気にかかつて、漸く一二日前から普通の食事を許されて、まだ寝床に横はつてゐた。電話をかけに二階から下へ行くのでさへ、からだがふら/\する。とても明治大学まで出掛けて行つて演説なぞの出来よう筈がない。で、其の訳を云つて、残念ながら断つた。
『しかし、同委員会で是非先生にもと云ふ事にきまって、私が其のお使者に立つたやうな次第なんですから……ほんのちよつとお顔を出して戴くだけでもいいです……ぢや、誠に恐れ入りますが、どうぞ直ぐお出でを願ひます。』
 と云つて電話はきれた。
 向うでも顔だけ見せればいいと云ふんだ。こつちでも元気のいい学生達の顔を見るだけでもいい。とにかくいい機会だから行つて見よう。僕は即座にさう決心した。そして相憎く財布が空だつたので、菊坂の下宿からひよろ/\歩いて駿河台まで行つた。
 講堂にはいつて見ると一ぱいの聴衆だ。座席が足りないでうしろの方に大勢突つ立つてゐる。そして其の余りが廊下にまでも溢れてゐる。千人余りはゐさうだ。講檀では生田君が例
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