若者の肩の荷物にまた手をかけた。
「私が持とう。もう肩が直《なお》ったえ。」
若者はやはり黙ってどしどしと歩き続けた。が、突然、「知れたらまた逃げるだけじゃ。」と呟いた。
五
宿場の場庭へ、母親に手を曳《ひ》かれた男の子が指を銜《くわ》えて這入《はい》って来た。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」男の子は母親から手を振り切ると、厩の方へ馳けて来た。そうして二|間《けん》ほど離れた場庭の中から馬を見ながら、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで片足で地を打った。
馬は首を擡《もた》げて耳を立てた。男の子は馬の真似をして首を上げたが、耳が動かなかった。で、ただやたらに馬の前で顔を顰《しか》めると、再び、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで地を打った。
馬は槽《おけ》の手蔓《てづる》に口をひっ掛けながら、またその中へ顔を隠して馬草《まぐさ》を食った。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」
六
「おっと、待てよ。これは悴の下駄を買うのを忘れたぞ。あ奴《いつ》は西瓜《すいか》が好きじゃ。西瓜を買うと、俺《おれ》もあ奴も好きじゃで両得じゃ。」
田舎紳士《いなか
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