》めた。
馬車は崖の頂上へさしかかった。馬は前方に現れた眼匿《めかく》しの中の路に従って柔順に曲り始めた。しかし、そのとき、彼は自分の胴と、車体の幅とを考えることは出来なかった。一つの車輪が路から外《はず》れた。突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落《ついらく》して行く放埒《ほうらつ》な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧《お》し重《かさ》なった人と馬と板片との塊《かたま》りが、沈黙したまま動かなかった。が、眼の大きな蠅は、今や完全に休まったその羽根に力を籠《こ》めて、ただひとり、悠々《ゆうゆう》と青空の中を飛んでいった。
底本:「日輪・春は馬車に乗って 他八篇」岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年8月17日第1刷発行
1997(平成9)年5月15日第23刷発行
入力:大野晋
校正:瀬戸さえ子
1999年7月9日公開
2003年10月20日修正
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