るのじゃが、間に合わせておくれかの?」
「桂馬《けいま》と来たな。」
「まアまア嬉しや。街までどれほどかかるじゃろ。いつ出しておくれるのう。」
「二番が出るわい。」と馭者はぽんと歩《ふ》を打った。
「出ますかな、街までは三時間もかかりますかな。三時間はたっぷりかかりますやろ。悴が死にかけていますのじゃ、間に合せておくれかのう?」

       四

 野末の陽炎《かげろう》の中から、種蓮華《たねれんげ》を叩く音が聞えて来る。若者と娘は宿場の方へ急いで行った。娘は若者の肩の荷物へ手をかけた。
「持とう。」
「何アに。」
「重たかろうが。」
 若者は黙っていかにも軽そうな容子《ようす》を見せた。が、額《ひたい》から流れる汗は塩辛《しおから》かった。
「馬車はもう出たかしら。」と娘は呟《つぶや》いた。
 若者は荷物の下から、眼を細めて太陽を眺めると、
「ちょっと暑うなったな、まだじゃろう。」
 二人は黙ってしまった。牛の鳴き声がした。
「知れたらどうしよう。」と娘はいうとちょっと泣きそうな顔をした。
 種蓮華を叩く音だけが、幽《かす》かに足音のように追って来る。娘は後を向いて見て、それから若者の肩の荷物にまた手をかけた。
「私が持とう。もう肩が直《なお》ったえ。」
 若者はやはり黙ってどしどしと歩き続けた。が、突然、「知れたらまた逃げるだけじゃ。」と呟いた。

       五

 宿場の場庭へ、母親に手を曳《ひ》かれた男の子が指を銜《くわ》えて這入《はい》って来た。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」男の子は母親から手を振り切ると、厩の方へ馳けて来た。そうして二|間《けん》ほど離れた場庭の中から馬を見ながら、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで片足で地を打った。
 馬は首を擡《もた》げて耳を立てた。男の子は馬の真似をして首を上げたが、耳が動かなかった。で、ただやたらに馬の前で顔を顰《しか》めると、再び、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで地を打った。
 馬は槽《おけ》の手蔓《てづる》に口をひっ掛けながら、またその中へ顔を隠して馬草《まぐさ》を食った。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」

       六

「おっと、待てよ。これは悴の下駄を買うのを忘れたぞ。あ奴《いつ》は西瓜《すいか》が好きじゃ。西瓜を買うと、俺《おれ》もあ奴も好きじゃで両得じゃ。」
 田舎紳士《いなか
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