と述べ終ってから、暫く直立不動の姿勢で彼を見ていた。敬語の使用が少し怪しく響き、舌の廻りかねたふしぶしもあったが、久しぶりに聞く日本語のこととて梶も異様な興味をもって、すぐヨハンの案内をこちらからも申し込んだ。ヨハンは梶の疲れを察したものか、また這入って来たときのような敬礼の仕方で、廻れ右をすると、そのまますぐ外へ出ていった。梶はどこの国の街へ降りてもまだ案内人を自分から依頼したことがなかった。そして、万事ただ一人で行動していたため、この度《たび》のヨハンの不意の出現は却って不自由ささえ覚えたが、そこにハンガリヤらしい愛情のひそみあるものも感じ、不審を起さず一切彼のいうままに随《したが》って見ようと決めてから、再び寝台に身を倒した。しかし、考えてみると、まだ案内の値も訊《き》き質《ただ》さなかった落度が自分にあった。そこに多少の不安さも感じられたが、とにかく、相手はハンガリヤ人である上に、珍しく日本語を解している人物だという点でも、疑ってはならぬ貴重な人だと梶は思った。
 この夜ヨハンの案内してくれた場所は料亭で、食事をしてから後に、最少は五歳、最年長は二十歳の二十数人からなるジプシイ
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