はまだ自分の考え及ばぬ罌粟《けし》の花の中だと思う心も次第につよまって来るのだった。


 次ぎの日、梶は眼を醒《さま》すともう十時を過ぎていた。ヨハンは眠むそうな顔で約束の時間に這入《はい》って来た。彼はいつもより笑顔を一層大きく拡げながら、正しいハンガリヤの礼をすませて、そして云った。
「昨夜は面白うございましたね」
「昨夜は、僕も面白かったですよ」
 と梶も快活にヨハンに相槌《あいづち》を打つことが出来た。事実、昨夜のことを思うと、あれ以上に愉快なことはまたとあろうかと彼も思った。
「あのイレーネと喇叭ですね。喇叭はイレーネと小学校のときから同級で、そのときから彼女を思っていたのだが、今度初めてそれを云うことが出来て、こんな嬉しいことはないと云っておりました、どうもあの二人は結婚をするかもしれません」
 梶はヨハンのそういうことにある真実を感じて嬉しかった。これで一組の縁を結び落してここを去ることは、舞い込んだ蝶《ちょう》のいとなみに自分が見えて愉快だった。
「そうでしたか。それはそれは」と梶は慶《よろこ》びを顕《あらわ》して云った。
 二人はホテルを出てから昼食のためある料亭へ
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