と梶は答えるにも、跳《は》ねる騎兵の服のときとは違って静な常服の姿のためか、一見、それがそうだったのかどうか、箱の中では判明しがたい娘の変り方である。しかし、梶は何か話そうにも話がまるで通じなかった。先ずこの娘の好きな食物と飲物を取りよせてみたものの、日本の娘とよく似た淑《しと》やかな羞恥《しゅうち》を浮べ、ヨハンが何か訊ねても短い答えを云うだけだった。料理にも口をつけず、斜め対《むか》いに梶と坐っているだけで、ホールに舞い立って来ている情熱的な興奮のさ中では、彼女はむしろ、舞い落ちて来た一輪の静寂な故郷の花の色かと見え、一層深く梶は郷愁を覚えて来るのだった。
「何という名?」
梶の訊ねたのに対してヨハンが代りに、
「イレーネ」と答えた。
イレーネはヨハンにまた何か囁《ささや》くと、ヨハンはそれをまた梶に通じて、
「この子はあなたのネクタイを、いいネクタイだと賞めていますよ」と云った。
それでは君が結婚するとき、その愛人にやるネクタイを、もしこれと同じにする気があるならパリから一つ送ろうと梶は冗談を云ってみた。
ヨハンはそれをまたイレーネに告げてから、再び笑いながら、あなたに接
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