こんな優しい声で小父がいうと、けちんぼだといわれている伯母が拾銭丸《じっせんだま》をひねった紙包を私の手に握らせた。ここには大きな二人の姉弟があったが、この二人も私を誰よりも愛してくれた。
 三番目の伯母は、私たちが東京から来たとき厄介になった伯母である。この伯母は気象が男のようにさっぱりしていた。この伯母の主人は近江《おうみ》の国に寺を持っている住職で、一人息子もまた別に寺を持っていた。伯母は家の中の拭《ふ》き掃除《そうじ》をするとき、お茶や生花の師匠のくせに一糸も纏《まと》わぬ裸体でよく掃除をした。ある時弟子の家の者が歳暮の餅《もち》を持ってがらりと玄関の戸を開けて這入って来た時、伯母は、ちょうどそこの縁側を裸体で拭いていた。私ははらはらしてどうするかと見ていると、
「これはまア、とんだ失礼をいたしまして、」
 と、伯母は、ただ一寸《ちょっと》雑巾《ぞうきん》で前を隠したまま、鄭重《ていちょう》なお辞儀をしたきり、少しも悪びれた様子を示さなかった。またこの伯母は、主人がたまに帰って来てもがみがみ叱《しか》りつけてばかりいた。主人の僧侶《そうりょ》は、どんな手ひどいことを伯母から云
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