ないか。」
 とそう云って、初めて彼は書類の封を妹の前で切っていった。
 予感のごとく中に千鶴子からのも混っていた。明日東野氏の家へ行くついでがあるので良ければ矢代にも来て貰いたいという意味であったが、用事はそれだけのことでも、千鶴子の母が前より一層彼にまた会いたいと云って困るとも書いてあって、そんなに急に変って来る婦人というものについても、ただ喜ぶばかりのことではすまされず、多少は眉の顰む不安も覚えた。
 幸子は矢代の穏やかでない様子を感じたものと見えて、後は何も云わずお茶を持って上って来るとすぐ下へ降りて近づいて来なかった。
 その夜彼は遅くまでひとり起きていた。千鶴子に手紙を書きかけてみたがそれも気乗りせず中途でやめ、写真帳の中から研究用に蒐集してある写真と地図とを覗いた。それらの写真は、かねて社長の貞吉から調査の命を受けていたものでもあり、かつまた、矢代自身の勉強にも欠くべからざる重要な種類の、わが国の上古のもっとも純粋健全な古建築を、漸次に装飾してゆく仏教様式の変化を示した神社の写真で、地図はそれらの山奥の存在地を示したものばかりだった。写真に顕れた神社の姿に、ほんの些細な様
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