卓の両側に気をつけた細やかさで、この富豪の常の気苦労もよく感じられる自在な表情だった。
 しかし、矢代はもうこのときから、いつもの自分ではなくなるように思った。それは自然に父の死を思い出したからだったが、――父の死の直前、久木男爵に自分が会ったということが、父の死の原因になったと思っている矢先だった。またそれは男爵に悪意を持つことでもなく、むしろ善意に解した場合、一層その度を強める性質のことにも拘らず、何んとなく矢代は、眼前に当の男爵がいるだけで今までの彼ではなくなるのだった。
「久木さんはお幾つだ。」
 こう矢代に訊ねたときの父の嬉しそうな眼もと、彼に銚子をさし傾けてくれた謙虚な気持ちなど、思えば、そのときの父の代えがたい喜びであったものばかりが、今はそのまま喜びとしては彼に伝わらず、どう仕様もない一抹の悲しみの露となって滴り、漸次にじりじり胸中に拡って来るのだった。

 食事がすんでからそれぞれ、バルコオンよりの部屋へ移り椅子を変えた。矢代は久木男爵から離れた椅子をとると、港の方をひとり眺めた。彼の位置からは、平尾男爵の令嬢たちが、柔いフランス語で戯れている無邪気な肩のあたりから、
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