も千鶴子と矢代とのひそひそ話を、前から幾らか耳にしていたと見えて、そう訊ねた。しかし、矢代はそのときの東野のこちらを向いた眼が、実に静かな優しい色を泛べているので、男の眼もこんなに美しくなるものかと、暫くは見返しながら、
「いや別に、とり立てたことでもないのですよ。」と云って笑った。
「集合論のお話のようだったが、御幣が集合論と似てるんですって、そいつを一つ伺いたいな。」
 と、平尾男爵はまた二人の方へ乗り出す具合をやめなかった。
「ああ、あれか、あれはどうも。」
 由吉はもう弟の槙三から少しは聞いてあったものらしく、信用なりかねる話題を、むしろ矢代がさしひかえてくれるようにと思う表情で、ひとりフォークを動かした。
 矢代はそうでなくとも、もうこのことに関しては、今は話し出す興味が失せて来ていた。第一話はあまり突飛であったし、知的興味を覚えることではないばかりか、ここに集った人の心をかき乱す作用もしそうで、口もとに出かかろうとする声も、苦しく抑えにかかるのだった。
「僕は集合論なんて、よく知らないんですよ。ただね、いつか越後の山の湯へ行ったときに、由吉さんの弟さんと一緒だったのですが、
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