叩いて笑ったきりで、すぐ千鶴子に対い、
「まだ覚えていてくれましたかね。」
 と軽くからかった。平尾男爵は堂堂とした体躯に幾らか疲れを見せた背を丸め、温和な口もとに挟んだ煙草に火も点けず、田辺侯爵と立話をしながらも、自分の乗り捨てた船をときどき眺めては別れを惜む風だった。あちらやこちらで、未知なものらの紹介や、挨拶がひときり済んだと思われる適当なころ合いに、
「さア、ここでこうしていても始らないから、ともかくホテルまで行こうじゃないかね。」
 と由吉は云って皆の先に立って歩き出した。人人の渦は崩れて彼の後から階段を降り始めたが、その途中でも、帰朝者から報道洩れのスペインの内乱に関する新しい話を、誰も一番に聞きたがった。平尾男爵はイギリスの新聞や噂から拾った各国の武器の注入状況とか、スペイン人自身の、二階と階下に別れた兄弟同士の銃で撃ち合う物凄い有様とかを、問われるままに語っていた。
「とにかく、あれは世界戦争の始まりだよ。もう戦争は起っている。対岸の火事じゃないよ。」
 こう横から一口云ったのは東野だった。そして、彼はその後の言葉を強い調子でまた云った。
「ヨーロッパももう底を突いた。
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