顎を突き出し、ひとり悦に入っていたが、「あれか、男爵の船?」と、急にパイプで碇泊している一行の巨船を指差した。
千鶴子は矢代の傍に椅子をかけると細い膝をよせ手袋を脱ぎながら、「お疲れにならない。」と低く小声で訊ねた。親しみの眼に見えて増して来た彼女の低声に、矢代も一言会葬の日の礼を云ったが、ふと、どうして自分があのヨーロッパを歩いていた間、この千鶴子と何事もなく過せたものだろうかと、我ながら俄にそんなことが理解しがたい頑なさに見えて来て、じろじろ驚きながら千鶴子の膝を見るのだった。それも、今ごろ突然そんな感じに襲われて来たということが、一層自分の憑かれていたものの激しさを今さらに感じられて、茫然とした思いでまた海を眺めた。
「ホテルはとってあるのかね。このまま東京へ帰るんじゃないだろう。」と遊部は由吉に訊ねた。
平尾男爵は子供づれだから分らないが、長い外遊のものに即日の帰宅は無理だから、今夜はニュー・グランドになるだろうという一同の意見だった。歩廊には刻刻出迎えの群衆が増して来た。中に田辺侯爵夫妻の顔も揃って顕れると、由吉たちの周囲は船を待つ間のもどかしさが無くなり、歩廊の欄干の傍
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