ア。」と矢代は云って笑った。
「お父さんは、耕一郎はときどき生意気なことを云うから、あ奴、また馬鹿なことを云いよったのじゃないかなアって、そうお云いよ。」
「しかし、あの男爵は、僕にぼろを出させて後悔をさせない人ですよ。そういう人はあまりいないですからね。それや僕だって、少しはいい気持ちになりますよ。」
「そんなことはあたしに云わずに、お父さんに云ってごらんなさいよ。」母は子の方へ一寸無意識に菓子を手でよせ、嬉しそうだった。
「おやじには駄目だ。僕が男爵と物を云ったことが、すでにもう無礼なことをしたと、思う人ですからね。僕がお礼を云い忘れたことなど話しちゃいけませんよ。ひどいお目玉だ。」
「それやいけませんね。そんなことなどしれちゃお父さん――」母は湯呑を上げ暫く子の顔を見守ったまま、どうしたことかふと黙った。
「この次お礼を云ったんじゃ、手遅れだし。どうしたのか昨夕は――まア、云わない方が、その場の礼儀にかなっているような気がしたものだから。」
後悔というのでもなく、自分の失礼と感じたのでもない、しかし、黙っていたことが、今となっては気辛い味となって尾を曳いていることは確かだった。
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