がないからさ。」と遊部は軽く俯向いて一言いった。
「あってよ。」
 みち子も同様に軽く応酬したが、二人の搓りを前に戻そうとする風では少しもなかった。
「もっとやれやれ。」とまた由吉は面白そうに二人をあおり立てたので、論議とは違い室内は一層賑かな笑いに満ちて来た。
「どっちも誠実さが足りないぞ。」
 と塩野は、前から二人の間に挟まっていたあるもどかしさを吐き出したいらしく、彼もまた元気づいた声になった。
「とにかく、諸君に心配かけて相すまないが、どうもね――このマリヤ観音は、道徳というものを知らないのだよ。」
 遊部のそう云うのに由吉は隙を与えず、
「今ごろ道徳に負ける奴があるか。」と彼の顔を窺き込んだ。
「先日、あなたのあの人見てよ。」
 みち子はもう他のもののことなど見向きもせず、遊部だけそこにいるような和らかな眼で彼を見詰めた。
「見たか。どこで?」
「ある所よ。――でも、あなた本当にあの人好きなの。」
「いいね。誠実さがあるよ。」
「そうかしら。あたし、あんな人に感心するなんて、少しあなたどうかしてるんだと思ったわ。」
 と、みち子は顎を引き、遊部の胸のあたりに視線を落しながら、
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