も、自分のいう真意の通じる範囲は、この広い世の中でただ千鶴子にだけかもしれないと思った。しかし、また彼は、さっき自分の云いたかったことを邪魔したものは、他ならぬこの千鶴子の神妙にひかえていた姿だったと思うと、見事に自分が遊部から最後の止めを刺されたのも、つまりは、千鶴子と自分のちぐはぐな信仰の揃わぬ結果からだったと思った。そうして、そんな不満足な寂しむ思いのつづくのも、まだ以後も同様に幾度かこうして繰り返されるにちがいない。
「ちょっと、矢代さん、こちらへいらっしゃいよ。そこへおかけなさい。」
 矢代が室内を振り向いたとき、よく変化する優しい笑顔で手招きして、こう云った人は久木男爵だった。自分のことをさきから気にかけていてくれた人は、他人の中ではやはりこの人だったのかと、たとい向うは知らずとも、まだ父から繋がる不思議な縁も感じられ、彼は男爵の方へよっていった。しかし、円陣を造って並んでいる皆のものから少し跳び出た所の椅子へふとかけたせいで、急に光りを四方から受け集めた気詰りを覚え、手持ち無沙汰な顔つきであたりを見廻しているだけだった。が、ふとその夜の査問の内容に気がつくと、矢代はいよい
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