あったが、折よく丁度こんなに聞えて来たその偶然が、何ものの仕業か矢代には嬉しかった。
 暫く鼓は打ちつづいて絶えなかった。遠い闇を貫いて腹を響かして来るその音はおそらく古代の遠くから伝わり流れて来て、まだそのまま途絶えぬ唯一の楽器の音にちがいないものだと思った。
「ぽん、ぽん、――ぽぽぽんぽん。」
 矢代は奇妙に気持ちが明るくなるのを感じた。たしかに今の矢代にとってそれは救いの音のような啓示のある打音だった。彼は戸を開けて外へ出てみたくなって靴を穿いた。
 雪の峰峰に抉られた空の底で月が鳴り出しそうに光っていた。矢代はふとチロルの山の上で、氷河に対い祈りを上げていた千鶴子のことを思い出した。あのときの千鶴子の祈りはああ、そうか、――矢代は白装束で跪いていたあのときの千鶴子の覚悟を今初めて感じたように思った。あのゲッセマネのキリストの祈りも知らず、自分は西洋を旅していたのだろうか。
 しかし、なお鼓の音は雪の中を響いて来て止まなかった。雪よりも氷の中の祈りを見よ、というように、――
「ぽん、ぽん、――ぽぽぽんぽん。」
 とつづく打音は、矢代にある勇気を起させて澄み透って来た。それは積み重
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