間の生活の一番重要な根柢の民族の問題を考えなくたってすませるよ。何ぜかと云うとだね、僕らはその上に乗ってるばかりじゃなく、自分の中には民族以外に何もないんだからな。自分の中にあるものが民族ばかりなら、これに関する人間の認識は成り立つ筈がないじゃないか。認識そのものがつまり民族そのものみたいなものだからだ。」
「そんな馬鹿なことがあるものか、認識と民族とはまた別だよ。」
と久慈はもう千鶴子を迎えに自分らの来たことなど忘れてしまったようだった。
「しかし、君の誇っているヨーロッパ的な考えだって、それは日本人の考えるヨーロッパ的なものだよ。君がパリを熱愛することだってまア久慈という日本人が愛しているのだ。誰もまだ人間で、ヨーロッパ人になってみたり日本人になってみたり、同時にしたものなんか世界に誰一人もいやしないよ。みなそれぞれ自分の中の民族が見てるだけさ。」
「しかし、そんな事を云い出したら、万国通念の論理という奴がなくなるじゃないか。」
「なくなるんじゃない。造ろうというんだよ。君のは有ると思わせられてるものを守ろうとしているだけだ。」
「それや、詭弁だ。」と久慈は奮然として云った。少し
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