たところへあたし来たのね。どんなことで喧嘩なさるのかしら。これからもそんなじゃ、あたし困るわ。」
「それが一口じゃ云えないんですよ。なかなか、こ奴――つまりね。」
と矢代は少し早口で云った。
「ここじゃ僕らの頭は、ヨーロッパというものと日本というものと、二本の材料で編んだ縄みたいになっていて、そのどちらかの一端へ頭を乗せなければ、前方へ進んでは行けないんですね。両方へ同時に乗せて進むと一歩も進めないどころか、結局、何物も得られなくなるのですよ。」
「それや、そうね、あたしも何んだかそんな気がしますわ。」
と千鶴子は幾らか思いあたる風に頷くのだった。
「しかし、それは、実は日本にいる僕らのような青年なら、誰だって今の僕らと同じなんだろうけれども、日本にいると、黙っていても周囲の習慣や人情が、自然に毎日向うで解決していてくれるから、特にそんな不用な二本の縄など考えなくともまアすむんだなア。へんなものだ。」
「いや、それや君、考えなくてすむものか、それが近代人の認識じゃないか。」
と久慈はまた横から遮った。
「それは一寸待ってくれ。それはまア君の云う通りとしてもさ、しかし、日本でなら人
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