かかって下を見た。
「しかし、僕は失望はしていないのですよ。一度こういうことがあったので、――一寸お聞きなさいよ。あなたにだってこれは重要なことだから。」
「何んだかあたし、悲しいわ。あなたのお母さんに叱られた夢を見たこと思い出すの。――」
千鶴子は手巾を出し眼をそっと拭いた。
「しかし、そんなことなど、一度や二度は必ずあると思うべきでしょう。あなたがカソリックで母が法華なら、反りを合そうたって、合すことの出来た人がありましたかね。だから、やってみるのも面白いでしょう。」
「やれないわ、あたしに――」千鶴子は手巾の中で呟いた。
「勇気がないんだなア、カソリックのくせに、僕のことを考えてみてくれたまえ。僕はカソリックと法華に挟まれて、君どころの騒ぎじゃないんだから。」
二人はまた黙り込むと下を見た。下の路で橇の柄を握り力んでいた子供は、執拗くそれを動かすことをやめようとしなかった。餡パンを啣え口を空に向け、ふんぞり返った顔を充血させていたが、橇は微動もしなかった。すると、子供は手を放して後ろへ廻り今度は後から橇をうんうん云って押してみた。明らかに荷の勝ちすぎているのが、上から見るとす
前へ
次へ
全1170ページ中755ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング