ア。」
 と彼は呟きながら自分の使った食器の汚れ物を、バケツの中へ入れ、そして、煙草に火を点けた。千鶴子にだけ矢代の呟きが聞えたらしくちらッと彼を見た。
「でも、お美味しゅうござんしたわ。今日のお料理。」
 笑って云う千鶴子の後から槙三も下手な礼をのべた。食卓の上が片づいてから気怠い満腹のままコーヒーになった。暫く誰も黙っている静かな窓の外で、ときどき屋根から崩れ落ちる雪の音がした。矢代は耳の欹つその音を聞いていると、コーヒーの湯気のゆらめきかかる千鶴子の臙脂のマフラから伸びた頸の白さが、なまめいた色に見えた。そして、昨日と違う艶のある部屋になったと思い、片肱で身を卓に支えるのも重く感じた。


 その日は一日、矢代は今までに感じたことのない胸苦しさを感じた。なるだけ快活にしていることに努めてみても、ともすると、黙り込むことが多くなり、疲労のような気怠い重味を胸に覚えてときどき雪の中へ立った。夕食は宿で摂ることにしたので、彼は客を帰してから、ひとり千鶴子たちの宿屋へ出かけた。途中の坂路の曲り角の所で、宿の褞袍《どてら》を着た三人の女と出会った。その話し声の賑やかさが千鶴子の部屋と二つへ
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