矢代は笑いながら答えてから、むしろ、宗教よりあなたの専門の科学の方で、とそう云いたくも思った。が、昨夜食事のさい危く二人のもつれかかった話題のことも考えられたので、またこのときも黙るのだった。何か一口いえば、火の発するものを無数に抱いている今の青年の間だと思うと、口口に云いたいことを圧え黙りつづける工夫も、これで並みたいていのことではないと矢代は思った。
「千鶴子さん、まアここへおかけなさい。御馳走は下のお婆さんに頼んだのが来れば、さしあげられますから。」
 千鶴子は外套の袖から腕を抜いてストーブの傍へ来た。まだ部屋に籠っているバタ焼の鶏の臭いが千鶴子の動く身につれ掠め立った。
「由吉兄さん、そろそろまた外国行きの準備なんですけれど先日あなたに云われたの利いたものか、今度は奈良や京都をよく一度見直して行くんだと云ってますのよ。そのときあたしも一緒に行きたいと思うの。あなたもいかが?」
「それならいつでもお供します。」と矢代は云った。「しかし、由吉さん、疲れの休まる暇もありませんね。僕なんか、まだ疲れが癒ったとは思えないんだが、馴れてる人はそうでもないものかな。」
「何んですか、この
前へ 次へ
全1170ページ中739ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング