がやんだわ。あなたの山小屋ここから近いんですの。行ってみたいわ。」
「このすぐ上です。しかし、明日のお昼までは駄目ですよ。これから帰って御馳走の用意をしなくちや、――」
「今ごろからなら、あたしもお手伝い出来るわ。」
「まア、明日だけは黙って僕のお弟子になりなさい。」
 こういうことを云っているときでも、料理のことを考えると矢代はいつも覚えぬ心の弾みを感じて来た。


 翌朝矢代は野菜を受け取りかたがた、宿屋まで朝湯に行った。千鶴子たちの部屋へは立ちよらぬことにしてすぐ彼は湯殿に廻った。昨夜あれから遅い夜汽車で着いた客が、もう今朝早く発つらしく湯の中は賑やかだった。浴場内は朝ごとのようにいちめんの濃霧で人の身体が隠れ、誰が誰だか分らなかったから、もしかすると千鶴子か槙三かどちらか一人、この中にいるのかもしれなかった。
 どこの湯と変らずよく饒舌る客は、いつでもその者だけ饒舌りつづけ、黙っているものはいつも黙っているので、耳に響いている声より人数が多いにちがいなかった。たがいに身体の立てる波紋が絶えず不規則に打ち合い、きらきら光って矢代の顎を洗った。出て行く客もあれば、新しく入って来る客
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