るときも、橇の片側がひどく雪路で傾いた。
「でも、あんなへんな病気は、一度してしまえば安心なものね。」
と千鶴子は振り向いて云った。町並みもなくなり馬の足音の調子がようやく出揃ったころだった。橇の脇板へ肱をついている矢代の指先だけ、千鶴子の肩の外套の毛に触れ温《ぬ》くかった。マルセーユへ上陸した夜、足の強直病にかかり腕を支えてくれたのも、この同じ黄鼬鼠の外套の温《ぬ》くさだったと彼は思った。あの夜の税関の狭い割石路を、船まで扶けられて歩いたのが千鶴子との始まりだったが、今はこの雪の中だった。洋灯の鈍い光圏の底で舞う雪片が大きくなり下からも吹き上った。
「自炊してらっしゃるようでしたけど、お続きになって。」
千鶴子は笑って訊ねた。
「どうしまして、宿屋よりよっぽどいい。」
「缶詰のお土産だけは持って来て上げましたのよ。だけどもう御不用のころかと思ったわ。」
天井に頭の閊える橇の中で、槙三は縮んだままいつも黙って笑っていた。矢代が何科かと訊ねると、
「理科です。」とひと言槙三は答えた。
「御専門は。」とまた矢代は訊ねた。
「数学です。」
「ほう、それは。」矢代は何ぜともなくそう云って
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