てゆくものかもしれないと思い始めて来るのだった。そして、
「いまはむかし。」
 と矢代はこういう日本の云い伝えて来た原理をくり返しくり返し呟いてみて、ふと、それなら人は生きていても楽しく、死んでもなお楽し、という結論に突きあたり勇気が一層増すのを覚えた。
 千鶴子からはどうしたことか返事が少し遅れて着いた。
 手紙の中に、返事の遅くなったのは幾度も手紙を書いては破ったからだとあって、今の自分は形のなさぬ苦しみに襲われていることがあるので、日毎に楽しさが無くなるばかりだということや、その原因となる主要な二三について書き並べてある中にも、やはり矢代が自分の信じているカソリックを虐める苦しさが一つあり、次ぎには結婚問題の再燃していることが挙げられてあった。
 こちらがこんなに喜んでいるときに、向うはそんなに苦しんでいたのかと、矢代は妙にそれがまた楽しく、情の移らぬ顔つきで手紙を読んだ。それも、丁度文面に、
「あたくしがこんな自分の苦しみなどを書きましても、残酷なあなたのことですから、きっとまたあなたはお笑いになることと思います。」
 とそんなことのあるあたりを読んで来たとき、矢代はその通りだ
前へ 次へ
全1170ページ中688ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング