ね。」
「でも、帰ってからこんなになるなんて、――」
 一言いいそこなうと、こちらのなごやかさとは反対に、忽ち翳りの来るものが、争われずまだあったのだと矢代は思い残念だった。
「僕は東京へ着いた夜、自宅へ帰る前にあなたのところへ行ったんですよ。」
「まア、そう。」
 不思議そうに矢代を眺めている千鶴子の眼もとに微笑が動いた。
「しかしね、そこはどういうものか、眼が醒めたみたいで、こりゃ、眠っていたときとは違うんだと気がついたというわけですよ、それだけのことさ。」
「それだけのこと?」千鶴子はまた不服そうに白んで訊ねた。
「つまり、云いようのないことですよ。だって、どうしてそんなことが僕らに云えますかね。君も僕も知ったことじゃない、おかしなものが、ふッと出て、そのまま消えたのか、まだいるのかも分らないんだからなア。まア、疲れが癒れば分りますよ。塩野君だって、現にそこで、訳の分らんことをやってるじゃありませんか。」
 矢代はそういうと云いたいことが急に波だち群りよって来たが、云えば云うほど、もつれも解けずなりそうに感じられ、離れた卓上の黄菊をみつけ自分の卓まで持って来て冷たい弁に鼻をつけた
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